浜田市金城町波佐地区の観光、文化、特産物の情報をお伝えしています。

能海寛研究会

「能海寛の『空』」著者名 植田義法

能海寛の『空』(PDFファイル634KB)

「新仏教徒運動」を推進した能海寛と古河勇の日記やエッセイを辿り交友関係から検証

能海寛(石峰)と古河 勇(老川)の新仏教徒運動 (PDFファイル658KB)

能海寛研究会活動記録(平成7年から平成27年)を閲覧いただけます。

能海寛研究会活動記録集(PDFファイル)

普通教校生時代の同窓生を中心に東温譲と親交のあった友人等が寄稿して出版された追悼集です。

紫州東温譲悼逝集(PDFファイル9.1MB)

能海寛著 『世界に於ける仏教徒』
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(18.7MB)

『世界に於ける仏教徒 』難解文字簡易解説
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(13.3MB)

「能海 寛研究会機関誌『石峰』論文目次総覧」→資料ダウンロード(PDFファイル378KB)

能海寛PRパンフレット27年度版 ダウンロード(PDF)

・能海寛PRパンフ27年度版 日本語版

中国語(簡体字)版パンフレット ダウンロード(PDF)

能海寛中国版パンフレット

能海寛  明治の三蔵法師と称される能海寛は、禁断の国チベットの「西蔵語大蔵経」を入手して、世界共通語の英語による英訳仏典を世に出し、5億とも目される仏教徒を纏めて世界宗教会議所を設置、仏教大学を設置したいと壮大な計画を胸に描いて、中国大陸へ渡り、上海から長江を遡上して、三峡、重慶、裏塘、巴塘、成都、西安、蘭州、青海、貴州、雲南、麗江、中甸と一万二千Kmを越える距離を踏破してチベットへ向かった。不幸にも雲南の奥地で消息不明となり不帰の人となった。
 聖地ラサまでは辿り着けなかったが、邦人として、最も早く西蔵領へ2回(四川省巴塘・青海省タンガル)も初入国した。幸いにも、巡礼旅行中の紀行記録(『能海寛著作集』全15巻に収載)が沢山残っているので、今後、西域研究をする上で重要な文献となり得る。

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 チベット巡礼探検家・仏教哲学者。明治元年5月18日、浜田市金城町長田浄蓮寺に生れる。京都大学林文学寮、慶応義塾を経て、哲学館(現在の東洋大学)を明治26年7月に卒業。京都普通教校在学中の明治21年10月よりE・C・S(英文会)を立ち上げ仏教を英文章により『新仏教徒』運動を起す。更に『経緯会』へと発展し、明治31年に境野哲海へ引き継がれ『新仏教徒』運動が大きく伸展していった。
 「チベット語大蔵経」を入手し英訳経典を世に送り出すため、当時鎖国中のチベット領に単身入国する。著書『世界に於ける佛教徒』。翻訳「般若心経(梵・蔵・漢・英対訳)」、「西蔵ボン教」ほか多数ある。